どんな状況にも揺らがないメンタルは、比べないことで入手できる

本コラムの内容

  • 比較が生まれるカラクリ
  • 状況・人により「いつもの自分」でいられられない理由
  • 劣等感を手放すヒント

本コラムがおすすめの人

  • 他人の目が気になり、やりたいことができない人
  • 特定の人の前でだけ、いつもの自分が出せない

つい数日前、衝撃的な仮説を目の当たりにしました。

この仮説がもし事実なら、これから私は「緊張」「プレッシャー」とは無縁に近づいていきます。「劣等感」「優越感」ともかけ離れた世界に生きることとなります。

詳しくお話しますね。

*この話は、倉園佳三さんより頂いた助言をもとに書かれています。

私が何を目の当たりにしたのか?

私はここ半年「比較思考をやめたい」と思い続けてきました。

そのきっかけは「人によって態度を変えたくない」と思ったからです。たとえば、美人の前でもそう。尊敬する人の前でもそう。人により、状況により、態度や言動を変えたくなかったのです。

どんな人の前でも、同じメンタルでいたい。そう思ったからです。

ですが、尊敬する人の前では「良く思われたい」と肩肘張っていますし、そうでない人の前では、相手を雑に扱ってしまうケースがあります。崇めるのも、見下すのも、緊張するのも、私にとっては全部がざわつきです。

あなたの恋愛対象が女性なら、美人の前で緊張するケースがこれにあたるでしょう。恋愛対象が男性なら、好きな人の前でいい子ぶりっ子してしまう。リラックスできない。見栄を張ってしまう。他の女に嫉妬するなどが、これにあたるでしょう。

仕事であれば、同僚の前と社長の前とで、態度が急変する人がいます。私自身も似た体験がありますが、この辺りが今回の「態度が変わる」に当てはまります。

そうはなりたくないのです。はたから見てカッコ悪いからという理由はなきにしもあらずですが、それよりもなによりも、人や状況が変わるだけで、いちいちざわつき、自分のクリエイションに影響が出ることを避けたいのです。いつも本物を作りたい。いつも人の心に届く言動や執筆を行いたい。そう思っていたのです。

「人や状況によって態度を変える」「人や状況によってメンタルが変わる」この不自然で不安定なこころの癖を手放したかったからです。

よく試合終了のホイッスルが鳴ったあと、選手たちがお互いの健闘をたたえ合います。負けた側には当然悔しさもあるでしょう。でもそれ以上に、「いい試合ができた」というお互いへのリスペクトがあります。

お互いを称え合う彼ら彼女らには、上下意識はなく、比べることもなく、勝ち負けによってメンタルが大揺れする現象は起きていないのです。人や状況に影響されないメンタル。それを日々の1秒1秒で保ちたい。できるのであれば、ずっとです。

お金持ちだろうが、美人だろうが、有名人だろうが、大統領だろうが、尊敬する人であろうが、面接官だろうが、誰だろうが。私のこころのヒロイン・サンドラオー(カナダ出身の女優さん)だろうがw、誰を目の前にしても、同じメンタルを保ちたいのです。平安なメンタルを。穏やかなメンタルを。

「あの人だけが気に入られている」とか、嫉妬したくわけです(笑)。

ようするに、一言でいうと「比較思考」を手放したかったのです。

そのために、いろいろな思考法を試しました。(イメージングも含め)です。その効果もあり、一時的にざわつきを消すことができました。一定期間消えたこともあります。しかし、抜本的に「比較する行為」そのものが消えることはない。この曖昧な状態が続いていました。

それでも「人を比較すること自体を手放そう」と思い始めてから、大分「見下されているのでは?」「ここは自分の居場所じゃないのでは?」と疑心暗鬼になる回数が減り、それだけでも大きな収穫でした。

誰と接していても、ほぼほぼ穏やかでいられ、後悔のない「いい判断」ができたからです。

*いい判断は、私の主観です。いい方向に関係が進む判断のことです。

でもね、私は極端なことが好きだから、極めたいと思ってしまうのです。やっぱりね、極限までゼロにしたいわけです。比較思考を。大統領と会う機会があるかどうかはわかりませんし、おそらくないと思いますが(笑)、仮に会った場面を想像したときも、私の大好きなサンドラ・オーーやジョディ・カマーと会って話す場面をありありと想像したときも、「いつもの自分」を保ちたいわけです。

まあ私の性格上、テンションが上がることは必ず起こると思うのでw、すべてをゼロにすることは難しいかもしれませんが、舞い上がりっぱなしは卒業したいのです。当然、緊張しっぱなしも卒業したいですし、ざわつきっぱなし、かっこつけっぱなしも、卒業したい。

そういう非日常な状態に(良くも悪くも)陥ることは、これからも必ず訪れます。そんなとき、一瞬で平安に戻りたい。穏やかにすっとさざ波のようなメンタルを取り戻したい。イラつきたくないですし、思考にふけることも避けたい。ただただ、その時間を思う存分楽しめる「おだやかな」なメンタルを保ちたいのです。

心象(イリュージョン)でなく「げんじつ」を一秒も逃さず、感じたいのです。

そのために、比較思考を手放すことが必須になってきます。

どうすれば、それが叶うのか?

その根っこのひとつを数日前、知ることができました。

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この記事を書いた人

恋愛ハウツー発信に2008年から携わり代表を務めた後、2016年に独立。執筆活動15年目。現在は、さまざまなプロフェッショナルとタッグを組み「人」を題材としたコラム執筆、コンテンツ制作、サービス運営や販促、地域活動に携わっている。自身を「伝書バト」と表現しており、生きた情報、素晴らしいサービスやクリエイションを伝え広める役割を担っている。LGBTQ+、ノンバイナリー。

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